Canon


〜リフレイン 番外編〜
いつまでも貴方を想う…



ナルトを心配するあまり、体を壊しかけたカカシを心配した綱手が、カカシを愛情ある計略に引っ掛け、怪我をした彼を半強制的に秘書官に任命し、こき使っていた時。

カカシは綱手の執務室のとなりの小部屋でときおり不思議な気配を感じることがあった。

いつもの任務は体も頭もギリギリまで使い、チャクラの限界に挑む、という事が多かったが、今任されている仕事はどちらかというと頭の回転の限界に挑んでいるようなものだ。
綱手が決済に迷ったものが全て、
「こりゃ、カカシ行きだな」
の一言でまわってくる。
実際に里のことも、任務のことも、あるいは先代の火影のやり方も、ある意味綱手よりもカカシの方が詳しいかもしれなかった。


…ナルトぉ…ホントに早く帰ってきてくれないと、センセー、ストレスで胃に穴があくかも…

捌いても捌いても終わらない書類にため息をつき、軽く、肋骨の骨折に響かない程度に肩をまわしてそっと立ち上がると、カカシに仕事を押し付けてどこかに逃げてしまっている綱手の執務室側の扉を開けた。

コーヒーでも飲むつもりでゆっくりディスペンザーの方へ行こうとしたとき。

余りにも懐かしい気配が背中をよぎった。

「………!!」

この20年というもの…一度たりとも忘れたことのない…余りにも慕わしい気配…

…そうだ、この気配…俺がここで仕事をするようになってから…時折…

辺りを見回しながら代々の火影の肖像に目を留めたカカシの表情に切なげな影がよぎる。

…ここで先生はあの笑顔で執務していた…あの事件があるまで…



   『いってくるよ、カカシ。みんなを…里を…あの子をたのむ…』



金髪が黒雲の間からさす陽にきらめき、白い火影のマントが高く飛んで黒く巨大な 凶 へと立ち向かっていった。


…あれが 先生を見た最後になった…

そして、今は、その間際に託されたナルトさえいない…


コーヒーのマグカップを手に、カカシの思考がまた沈んで行こうとしたとき…


「うわっとと、あれ…?」

明るい声と共に、いきなり火影の執務室に飛び込んできた若者がいた。

咄嗟にクナイを握ったカカシは、その人物と視線が合ったとたんに、凍り付いてしまった。

瞬身ではない、何か別の術で火影室に飛び込んできたその若者も、カカシの姿を見つけて、固まってしまう。


「え、え、え…??まさか…」
「………」
「ひょっとして……?」
「せ…せんせ…い…?」
「えええええ!!本当にカカシ…!?」

カカシは呆然と目の前の、見慣れた色彩をまとう若者を見やった。

ひどく汚れて痛んではいたが、木の葉の里の民が見紛うはずもない火影の白い…

「うわあ…俺よりおっきくなっちゃって…そして、また、好い男になったねぇ…!!」

余りにも見覚えのある明るい声と華やかな笑顔…
頬に三本の線をいれれば、まるで誰かさんのようではないか…?

「せ、先生…ご無事だったんですね…!?」
期待に胸を膨らませたカカシがそう問うと…

「ん、ごめんね、カカシ…ちょっと弾き飛ばされただけなんだよ…『ここ』に出るとは思わなかった…」

四代目は申し訳なさそうな表情でそういった。

「ま、まさか…今…」
「ん、九尾とやらかしてる真っ最中…」

あっけらかんと言われたその台詞にカカシはまたしても凍りついた。

「時空を飛び回ってると、たまにこんな事故があるんだよ。でも今回は戻る次元にでっかい目標があるから迷子にならずにすむから大丈夫なんだけどね。
っていうか、今はあれから何年後?…うわあ、綱手様が火影かあ…!」

この「不思議」も、時空を飛ぶこの若者にはありがちな事故かもしれなかったが。
「先生、なら、ご存知なんです…か…?ご自分が…」
「…」
黙ったまま穏やかな微苦笑を浮かべる四代目に、カカシの一つだけ表している藍色の瞳に水の膜がかかる。

「俺…また、先生を…」
「……カカシ…」
「また…あの思いを…するんですね…?今?アイツのいない…今…?」
独り言のようなカカシの言葉に、その若い忍者は、ハッとしたようだった。
「……ごめん…カカシ…ごめん…」

血と埃に汚れた四代目は、静かに歩み寄ると、自分より大きく…年上になってしまった愛弟子を肩に抱え寄せた。


「これは予定調和だ…。俺が戻らなければ時間の流れが崩れてしまう。元に戻ろうとした時間が別の生贄をもとめて…あの子が…身代わりにされてしまう…」

後は独り言のようになっていく四代目の言葉にカカシは恐ろしい事実を聞き取った。

「…あ、あの子って…」

恐る恐る四代目の肩口から顔を上げたカカシは、透明な明るい笑顔を浮かべる師の顔を見た。

「ずいぶん賑やかな子に育ったね。でもとってもいい子だ。それにとても強い…。あの九尾も自分のものにしてしまったんだね。」
「…先…」
「君が大事に育ててくれたおかげだ。ありがとう。あんな立派になったナルトを見られて俺は満足だよ…」
「アイツ…今…?」
「ん、多分もう帰れると思うよ。同じ次元に九尾が二匹は無理だ。後から来たものは元の次元に弾き飛ばされる筈だ。」
「で、も…先生は…」

大きななりをしてみっともない、俺はこの人より年上になったんじゃないか、そう思っても、カカシは彼の前では子供のようだった。

四代目の笑顔は変わらない。

自分のすべき仕事を思い定めた男の顔。

俺は…幾つになっても…この人にはかなわない…

「ごめん…カカシ…俺は残ったお前の事が心配で…それが未練だった…」
「……」
「だから、あの子が、そばにいてお前を支えてくれているのを確かめられて…」
「先生!!」

「もう未練はない。」

そういって、金色の若者はカカシを見た。

「俺が死んだあと…数々の試練が里を襲って…それを乗り越えて、平和になった木の葉を確かめることが出来た…」
「……」
「俺はこの上もなく幸せだ。」
「……っ…」
「俺のカカシがこんなに好い男に育ったのも見られたしね。」
師は、カカシの柔らかい銀髪に手を差し入れるとくしゃりとひとなでした。
昔のように……

火影の机に手をついて体を支え、離れていく師を見つめるカカシの前で、先代は懐かしい華やかな笑顔を浮かべる。

「お前は強いよ、カカシ。もっと強くなれる。あの子と競い合って自分を高めるんだ。そうすることが里の平和をより強固なものとするだろう。」

「……はい…」

「じゃあね!いって来るよ…!」
「……!」
あの日と同じ言葉を残し、彼はもどってゆく…
己の命運が尽きる「その時」へと…



……自分も連れて行ってくれ、と、叫びそうになるのを、カカシは必死で堪えた。
今なら…今の自分なら、四代目と一緒に、なら、九尾を”飛ばす”ことができる…だが…

自分が共に戦うことで、里の運命を、四代目の運命を変えてどうする…?

全ては変わるだろう。
ナルトは、里は…父を、指導者を失わず…
平和になるのか…そのまま?
暁の襲撃も、先生なら一蹴するだろう…
うちは一族とて、先生がいれば、滅びずに済んだかもしれない…

先生がいれば…四代目火影さえ、いれば…

けれど、ナルトと俺は…?
あの、たった一人で懸命に生きてきた、若い忍者は…?

親に守られて育った雛には決して耐えられない嵐を、未熟な翼で飛びわたってきた。
たった一人で孤独に耐えた子供時代が、アイツの揺るがぬ信念と熱い心を養った。


アイツは鳳雛(ほうすう)
徒人(ただびと)には耐え難い苦難も、自らを鍛える糧とする…

先生は、オレが共にいくことを決して許さないだろう…

−俺は、今、ほんの一瞬でも再び先生に会えた僥倖(ぎょうこう)を喜ぶだけ…今俺に出来るのは…




次元を開いた明るい笑顔の師の姿が徐々に薄くなり、そして…


唐突に消えた。

─…と幸せに…

そう小さくささやいた声だけを残して……







過剰な仕事量に嫌気がさし、カカシに押し付けて外をほっつき歩いていた五代目が、罪悪感とともに、そっと火影室に戻ったとき。


仕事を全て済ませたカカシが、歴代の火影の肖像を見上げながら、コーヒーを飲んでいた。

「あ〜…えと…すまなかったな、仕事…皆済ませてくれたのか…」
「…はい、なんとか……綱手さま…」
「なんだ…?」

「ナルト、もう直ぐ戻ってきますよ…」

自分の控え室に戻りながら、そういって笑ったカカシの藍色の瞳に、光るものを見たと思ったのは綱手の錯覚だったのか…
確かめようとした綱手を、その背は拒むように、静かに扉の向こうに消えた。


そうしてナルトの帰還は、その少し後の事になる。




end

Update 2009.02.07

蛇足:
Canon(英) Kanon(独) canone(伊) 追走曲・追復曲。先行する旋律を後続の旋律が一定の関係で模倣しつつ追いかける作曲技法