師匠とその弟子〜3〜


                              ◇◆◇


ばさり、と音を立てて、火影のマントが脱ぎ落される。


上忍ベストも、アンダーもごく無造作に脱ぎ棄てたミナトは、まだ呆然として動けないカカシを軽くベッドの上に突き倒した。


「そんなに緊張してたら任務にならないでしょ。カカシ」

「先生、また…冗談を…」
「…言ってると思う…?」

思いたいです、先生、と、カカシは心の中で呟く。
どうしてこんなことになったんだろう。
自分は全く、男娼任務であっても、そんな、ありきたりの務め方をする気はまったくなかったから、自分が、そっちの方が未経験でも何とかなるはずだったのだ。

先生はオレが写輪眼を持ってるのを忘れてるんじゃないのか、と、それを主張する……


暇はなさそうだった。





先生、待って。



そんなかすれ声は、かえって逆効果だよ。



後ろから抱え込まれ、忍服のズボンに手を差し込まれたカカシは、固まって体が動かなくなっていた。

用を足すとき以外、風呂場でしか触ったことの無い部分を、師の。
敬愛する……無二の…師の…手がつかみ締めてくる。


い、いや、だ……あ……



瞬く間に固く立ち上がる自分のソコを見下ろしてカカシは涙目になった。

気持ちいいのがコワイ。悔しい。情けない。


確かに師の言うとおりだった。
知識として。
男はここを…こうされると…気持ちよくなって…やがて。


しかしこの気持ちよさは、想像していたのと違う。
もっと機械的な…生理的なもののはずだ。

この差は何なんだろう…



「…カカシ……」


耳元でミナトが低く名を呼んできた。



……っ!!!!


「先生。っ耳のそばで…しゃべらないでくださいっ!!」



そ、うか。


そうだ。この手が。自分を優しく高めようとする、この手が。

ミナトの手だ、という事が、これほど、自分を追い詰め、高めていくのだ。



この手が他人の手であったなら。
多分自分は、体の感覚だけを追い、心を切り離すことができる。それは生死の境を生き抜いてきた、カカシの実感だった。

ただ、ミナトの手だけが体と心を分かちがたく結びつけてしまう。
だが、ここでそれを言っても、先生には分かってもらえないだろう。



「…濡れてきたよ。カカシ…」

ひぃっ!!実況中継ってなんですかっ何の羞恥プレイですか先生、勘弁して下さいっ!!!!


心の中で必死で叫ぶが、声に出そうにも、息が上がってしまい……

「ちょ、ちょ、っと、せん……せ…まっ……!」






                              ◇◆◇






「ミナト。オマエな。」


巨体の師に真上から見下ろされてミナトは見事なほどしょげていた。




カカシの家の寝室である。


さすがに野生の勘、と言おうか、あれからもう一度ミナトを説得しようと引き返した自来也は、火影屋敷にミナトの姿が見えないのを知り、即座にカカシの家に取って返した。


「まったく、おぬし、あいつを大切にしとるんだかおもちゃにしとるんだかわかったもんじゃないぞ、のう。」
「…せ、先生、オレは…おもちゃだなんて…」
「わしにはおぬしがあいつをどれだけ可愛がっとるのか十分わかっとるし、わしがおぬしにしたレクチャーはあいつには向いてないのは知っとるがの。」
…オレにだって向いてませんでしたよ、と、言いたかったミナトは、しかしここは心の中でつぶやくだけにしておく。


うつむくミナトに、更に声をかけようとした自来也は、シャワーを浴び終わったカカシが、頭をごしごしとタオルで拭きながら出てきたので言葉を切った。


「あれ、自来也さま、まだ先生にお説教なさってたんですか…?」


けろっとしているカカシに、ミナトだけでなく、自来也まで、眼を見開く。



「先生も、あんな実習するんだったら前もって言っといてもらわないと、オレだって心の準備がいることもあるんですからね。いくら閃光が通り名だからって、予告くらいして下さいよ。まったく」

剣突を言いながらもカカシの白い耳が紅く染まっているのを見逃す二人ではない。


「昔っからこいつは手が早くての」

ニヤニヤしながら自来也がカカシの旋毛に話しかける。
カカシの精一杯の…反省しているであろう師に対する思いやり、気持ちを、年長の師弟はありがたく受け取ることにしたのだった。


「………先生。先生が余計なことをカカシに吹き込むんでしたら、オレだってサクモさんから聞いている先生の武勇伝を、カカシに披露しますからね…!」

ミナトがうつむいた顔をゆっくり上げると、端正な顔に少々意地の悪い表情を浮かべて師を見上げた。

「な、な、な、なんだって!?」

自来也は危うく足をもつれさせてカカシの上にひっくり返るところだった。

「…え…?父が自来也さまの…?」

「この人は、カカシ、サクモさんの大ファンでね。その割には一杯女性関係でトラブって後始末してもらってたんだよ」
「ミ、ミ、、ミナト、おぬしそんなことをどこから……っ!!」
「サクモさんの名誉のために言っておきますけど、サクモさんからじゃありませんよ。綱手さまですよ。あの方のお風呂場をのぞいて殴り倒されて、カンカンに怒らせたのをとりなして下さったのはサクモさんなんですよ、先生。」

………………!!!……
……知らなかった…!今の今まで…!

といった表情の師の様子に、ようやく押されっぱなしだったミナトは、溜飲を下げてカカシの方を振り向いた。

「綱手様は、サクモさんがとてもすまなそうに謝ってこられて、『綱手殿の入浴なら、男だったら垣間見たくなるのも本能、しかたのないことだ、情けのないオトコの本能だと、ワタシも自来也に代わって謝らせて下さいませんか』とあの綺麗な笑顔で頭を下げられたら何時までもへそをまげていられなかったよ、と言っておられましたよ。」

どーだ、とばかりの弟子の反撃に、自来也は言葉もない。

カカシは……知らなかった…まじめ一方だと思っていた父の、洒脱な一面を垣間見、熱い思いで胸がいっぱいになる。

あんなふうに最期を迎えた父だったが、こんなにも思ってくれていた人はいるのだ。



だからこそ。



遺児である自分を引き立ててくれるこの人たちに、迷惑をかけたくは無い。



「先生。という事で、先生のレクチャーはクリアしたんですから、任務、俺がやりますね。」


「「なんだって!!」」


その話は終わったことだと思っていたミナトは飛び上がった。


「カカシっ!!」

が、口の達者な師に反論させては、また話が振り出しに戻る、とばかりに、いかにも失礼ながらカカシは師の言葉を遮った。


「たらしこむ手練手管は数十種類コピー済みです。自来也さまの影に隠れさせていただいて、サンプルは収集しました。」

「「…………!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」


「お二人とも。オレが写輪眼を持ってるの、忘れてましたでしょ?」

「「カ、カ、カ……」」


見事にハモってどもっている年長組の師弟に、意地の悪い…今のカカシの片鱗のある笑顔を見せた少年カカシは、


「里で一番って言っていいくらいにオレが影分身も穏行も得意なの、お二人とも忘れてしまってるでしょう。誰が生身でそんな気持ち悪い任務を引き受けたりするもんですか!」

そう言い切った。


何…?なんなの、自分たちのこの心配は……!?

呆然とする年長の師弟二人……



……



がはははははっ


と、最初に腹を抱えて笑いだしたのは大男の仙人だった。


「やられたの。ミナト。わしらの弟子は、したたかな所まで、師、そっくりだった、ってことだのう!」

そう笑う自来也と、まだしばし呆然としているミナトに背を向け、、カカシはなんか食べますか、作りますよ、と台所に向かった。


勿論、自来也が、ミナトの耳元で、おぬし、役得だったのう、と、囁いたのまでは、カカシは聞いていなかった。




                              ◇◆◇





カカシ先生……!!




そう呼ばれて、カカシはふっと眼を瞬いた。



何時もの火影室。
重厚な調度と、金髪の火影。


あの時と同じ風景……



のはずは無い。




「なに、ボーーっとしてたんだってば??」



覗き込んでくる金髪の持ち主は、あの時と同じ金髪碧眼だが。


見事な頬の三本髭が、精悍な美貌にコケティッシュな愛きょうを添えている…。

あの人のおもざしを色濃く残しながら、まったく別の、荒々しく、若々しい、野生児。




「ヤラシイな、先生、ぼーーっとして、初体験の思い出を反芻してたんだってば?それって腹立つんですけど…!!」



顔を覗き込んでくる、やんちゃな若い火影の両頬を手甲の手で挟み込むと、カカシは口布を下ろしたままの素顔でほほ笑んだ。


勿論、その笑顔が相手に与える効果も、承知の上。

かつてのしたたかな美少年は、したたかさのグレードをさらに上げている。


あの後も、おせっかいなことに、カカシの初めての相手を選ぶのだ、と、あの二人はあれやこれやで大騒ぎして下さった…………!


思い出したくもないトラブルの数々……!!


しかし……


「オレの男との初体験…?そんなのオマエじゃないのよ、ナルト。ナニ?分かんなかった?オマエ、結構乱暴だったよな、オレってハジメテだったのに…!」


にーっこりと天下無敵の笑顔を向けられて一瞬真っ赤になったナルトは、またーーそんな嬉しがらせでごまかそうとしてるーーーっと頭を抱えて身もだえた。


ニコニコ笑っているカカシは、澄まして口布を戻し、また18禁本を読み始めた。


隣で、どーゆーこと、それってどういうこと?モテまくってる先生の初体験がオレってそれって信じていいわけ?ってか、それってアリ??などと、ぐるぐるし始めた若い火影は、実は愛しい年上のコイビトが、本当に本当のことを言ったことを、知る由もない。




それを知る人は…すべて、泉下で…意地の悪い愛弟子に、ため息をつくばかりだった。




ナルト……頑張れよ……ソイツはタチ、わるいぞ……!







おしまい