師匠とその弟子〜2〜
◇◆◇
先生のメンツをつぶさずに…オレがこの任務を引き受けるのってどうすりゃいいんだろう。
そんな事に気を取られていたカカシが、気配を察した時は、既に背後を取られていた。
─閃光の異名は伊達ではない。
「カーーーカーーーシィーーーーー!!!」
おどろおどろしい効果音を背負っているかのごとく、無表情の師の横顔が自分の頬のそばにある。
……心の準備が終わってから出てきて下さい、先生……
カカシが自来也と別れて自宅に戻ってから、いくばくの時間もたっていない。
どれだけ情報が早いんだ、この人は!!
カカシは慌てたままではとても師を納得させられない、と、自分が落ち着く時間稼ぎに出た。
「び、びっくりした……先生、何ですか、いきなり……!ドアからノックして入って下さいよ。オレ、今は任務外ですよ…?」
「オレが来た用が分からないカカシじゃないだろ…?」
「……分からなくは無いと思うんですけど、分かりたくはないですね…」
「……カカシ…そんなに物解りが悪かったっけ…?」
物解りが悪いのはどっちだ、と思ったカカシは、
「尊敬する先生が駄々っ子みたいに任務依頼を断ろうとしてるなんて、分かりたくないですよ。」
カカシを後ろから抱え込んだまま、ミナトはむぅと体を起こした。
「俺が分かってほしい所はソコじゃないんだけど。」
ソコが、オレが先生に分かってほしい所なんだけどな、と、カカシは体を起こした師の腕の中から逃れようとする。
「………逃がさないよ、カカシ。」
師の声色に不穏なものを感じたカカシは、つい、反射的に見上げてしまった。
色のない白い、頬。
何時も暖かい蒼空のような瞳は、ガラスのようで、まるで感情を伺わせない。
─……あっ、先生を怒らせてしまった…?
「カカシは賢い。頭の中の知識をちゃんと実践で生かせる方法を知っているし、それができるだけのとびぬけた才能もある。」
無表情なミナトは、落ち着いた声音でそう言った。
「でもね。知識として知っていることを、体が納得してくれないことも、あるんだよ。何度も何度も繰り返して体に教え込まないと、実践で使えない、そう言った事もあるんだ。」
「……色の…任務がそれ、だと…言うんですか…先生。オレが頭でっかちな…子供だと。」
「……今回の場合はそうだね。自来也先生も色々補佐して下さる気でいたみたいだけど、自来也先生はまだお前のことをよく知らない。」
「……え…?」
「…お前が、他人の手、どころか……」
ふ、と変った師の気配に、さすがのカカシはとっさに瞬身で身をかわそうとした。
しかし…誰が「黄色い閃光」のターゲットにされて…逃げ切れると言うのか。
「いい勘をしてる。」
「先生!!」
「自分の手すら知らないという事を!」
耳元でささやかれてカカシは首筋まで真っ赤になった。
な、なんでそんなことまで先生は知ってるんだ。
……た、確かに……朝、不穏な状態になっている股間を、自分で処理したことは無い。
冷たいシャワーを浴びているうちに静かになってくれるから、”そんなこと”に時間を費やす暇などない、と、カカシは考えてていた。
どこまでも自分に無頓着な…少年。
「あの人はオレが夢精があったと知った途端に花街で女を選ばせるような人だからな。いい反面教師になったよ。サクモさんと先生、足して水を入れて3で割ったら理想的な先生になっただろうね。」
「………!」
「オレは結構トラウマになったよ。先生は誰でも初対面の女性の前で裸になって平気だ、と勘違いしてる。」
「……」
「たとえ薄暗闇でも、そう言う事をするためには裸にならないとだめだしね。多感な思春期だった俺は、初めては好きな人と、なんて言ってる暇も無かったよ。」
………自来也さま……豪快すぎる……
確かにそれは、同じ男として四代目に同情すべきできごとだった。
ミナトもカカシと同じで、そう言った事にはかなり淡白な性質だったはずだ。
自分だったら…?
無理。絶対無理。
顔でさえ半分口布で覆ってる自分が初対面の女の人と…???
無理無理無理、勘弁して下さい。
「だからオレはオマエがそういった方面に疎くっても、もう少し精神的に…異性を異性として意識しだしてから、そっちの講義をしてやろうと思ってたんだけどね。」
「…………」
確かに、ミナトも、少し頭に血がのぼっていたのだろう。
何時もの彼なら、この論点からなら、簡単に、とはいかなくても、カカシを説得できたはずだった。
しかし。
「……それが何!?自慰行為も知らないで、いきなり男娼任務って…オマエ、それ、いくら何でも無謀ってもんでしょ!?」
相手のプライドを慮った何時ものミナトの巧みな論の展開でなら、説得されてしまったであろうカカシは、若くても男の微妙な部分のコンプレックスを直撃されて…意地になってしまった。
「……先生のご心配ももっともです。その点でオレが経験不足の子供だってことは否定しません。でも、誰だって初めてはあるんですよ。オレはそれが任務だった、ってだけの事でしょう。先生だってトラウマになるような初体験を乗り越えたんだから、オレだって頑張れます。手慣れて無い方がいい場合だってあるでしょ。今回のターゲットみたいに。」
そしてそれは師であるミナトの方も同じで。
現実の悲惨さ…男娼任務の本当の悲惨さを知らない子供の理想論、と、聞こえたミナトは……
滅多にないことに。
─あっ………
師の気配の変ったことにさすがに頭に血ののぼっていたカカシも気がついた。
「ん。いいよ。カカシがそこまで言うのなら。ただし、オレのテスト受けてからね。ちゃんとそんな任務がこなせるかどうか。オレが確認してあげる。」
カカシは…なんでそんなことになったのかさっぱり分からず、自分を軽々と抱え上げて寝室へ向かった師のなすがまま、呆然としていた……
続く…
Update 2010/01/30
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