師匠とその弟子〜1〜
これは、MEMOブログの1/23,24に四誕小話として乗せていた二話分に一回分継ぎ足してまとめたモノです。
◇◆◇
ばたん!!
と、大きな音がして、火影の執務室の扉が閉まり、来客を送り出したナルトが戻ってきた。
補佐として五影会談に立ち会っていたカカシは、見送りまでは出ずに執務室のソファで待っていたのだが、明らかにナルトは怒って…いや、すねていた。
ナニが原因でへそを曲げているのか……
思い当たることと言えば……
─水影さまが、妙に話をこっちに振ってきたことくらいだけど…?んーーー?
客がいなくなった途端に18禁本を取り出して読み始めている火影補佐の横にどさっと腰を下ろした新火影は、膝に置いていた補佐の手をのけると、ばた、っと膝に寝転がってきた。
「おいおい、火影様、何してんのよ。」
「……膝枕。」
「……膝枕してるのはオレでしょ。オマエはしてもらってんでしょうが」
「……センセ、それ、屁理屈。」
おお、ナルトに屁理屈だと突っ込まれたぞ、と、カカシはニヤニヤしつつ、返事をしないまま、また本に視線を落とした。
ナルトもそのまま不機嫌に押し黙って入口の扉を、カカシの膝に頭を乗せたまま見つめている。
「なあ、先生…」
下から、とっくに自分より大きくなってしまったかつての生徒、現在の上司の視線を顎に当てながら、カカシは本から視線を外さないまま、んーー?とはなはだ気のない返事をした。
…何を聞いてくるか想像できるってもんだ。『水影さまって、美人だと思う…?』とかなんとか…
カカシはサイドテーブルに置いてある飲みかけのお茶を片手で持ち、器用に指先で口布を引っ掛けて、下げると、冷めているのを気にすることもなく口に含んだ。
「カカシ先生の初体験って何時?」
ぶーーーー
っと噴き出したお茶は、ナルトを直撃し、
「先生、なにすんだってばよーーー!!つめてえええって!!」
怒るのも無理は無いが、当のカカシはむせて咳こみ、謝るどころではない。
「げほげほげほ!!スマ……げほげほげほっ!!」
「ああ、ほらーー、ごめんはわかってっから、とにかく、お茶、こっち置いて。」
自分の顔はざっと袖口でぬぐっておしまいにして、咳き込むカカシの背をなで、世話を焼くナルトに、涙目のカカシは、
「なんか…ヘンな質問を…げほっ…聞いた気がするんだけどな…?」
確かめたくは無かったが、どうせスルーさせてくれる相手ではない。
「そんなにびっくりするようなコトだってば?男同士なら、結構話題になるだろ?初体験の年とか相手とか…?」
ナルトの言い分に間違いはない。
確かに男同士の友人の他愛のない猥談に、その手の話題が上るのはごく普通のことなのだが。
それは男同士の…『友人』同士のこと。
既に体の関係まである自分たちの、一種変則的な間柄の場合、微妙なニュアンスが混じってくるのは仕方がないだろう。
単純に好奇心で聞いてきている可能性もある。好奇心の塊のこの若い火影は、それで面倒も数々起こしてきたが、難局もそれをパワーに乗り切ってきている。
しかし。
かつての単純でイノシシな生徒、だと思っていては大間違いなのだ。この、若い火影は侮れない。
この質問にしても。
「…そんなの、知ってどうすんの?」
「どうすんのって…どうもしないってば。センセの初体験話を聞きたいだけだってばよ。誰だってコイビトの過去って気になるもんじゃねぇの…?」
そう言って…オマエ、自分から地雷原に踏み込んでくわけ…?
カカシは内心がっくりと肩を落とし、思わず遠い目になった………。
◇◆◇
「駄目ですっ」
火影の執務室から聞こえてきた大声に、カカシは思わず足を止めた。
「駄目ったらダメだったら、絶対だめっ!!」
─珍しいな、先生どうしたんだろう…
戦場でこそ、鬼神のような師だが、普段は温厚で、たまにひょうきんで、親しみやすい彼が、珍しく大声を出している。
「…………あのな、ミナト、ちったぁ落ち着け、そんなに興奮したら話もできんぞ、のう」
落ち着いたなだめ声は、師の師、自来也さまだろう。
「オレは落ち着いてますっ!沈着冷静が服を着てるって言ったのは先生でしょう!とにかく、カカシにそんな任務はさせられませんっ!!」
自分の名前が出たので、カカシは耳をそばだて、念入りに気配を消した。
す、と入り口そばの観葉植物の鉢の陰に身を寄せる。
◇◆◇
自来也は、話の持って行き方をしくじった、と、臍を噛んでいた。
初めて持った生徒三人、そのうちの二人をすでに死なせてしまっているこの情愛深い弟子は、最後に残されたたった一人の生徒を溺愛し…もちろん、「黄色い閃光」に目をかけられるにふさわしい麒麟児なのだが…この切羽詰まったご時世に生徒に与える任務も選りすぐって…
「オレがカカシを甘やかしているなんて、誰にも言わせませんよ。カカシの任務歴、先生もごらんになられてるでしょう!ここんところ、あの年でS級を立て続けだ!それもオレだって無理じゃないかってレベルで成功させてるんですからね!」
それは自来也も認めるところだった。確かにカカシは飛びぬけて優秀だし、四代目の任せる任務の難易度の高さは並大抵ではない。勿論命がけだ。
しかし。
また、別の一面も気づいている。
カカシが担っている任務のほとんどは、同僚が失敗して、更に難易度の上がったものの外に、救援任務、護衛任務、撤退支援任務。
そう。
暗部であるカカシを、ミナトは決して殲滅戦、暗殺作戦に使おうとはしていない。
決して。
カカシの命じられる任務は、命がけではあっても、「成功を手放しで喜べない任務」ではない。成功すれば、手放しで称賛される、太陽の元での任務。
気付く者は気付いておるぞ、ミナト……
四代目超愛の暗部。
そのレッテルがカカシにとって決していいものではないのは、本人が一番良く知っていることだった。
自来也とて、カカシを贔屓すること、ミナトに劣るものではない。
あの、敬愛する偉大な忍を無念のうちに失い、慙愧の念にかられているのはミナトや三代目ばかりではないのだ。
その「白い牙」の忘れ形見であるカカシを、なんとか引き立てたいと思うのは自来也とて同じ。
だからこそ、誰も引き受け手がいないであろう任務をカカシがこなすことで…
─それに…この任務は…誰でも「腕」があればやれるような仕事じゃないからのう。
いつも冷静な弟子の、意外な一面を知って、嬉しくもあったが、困惑もした自来也であった。
◇◆◇
がりがりと、頭をかきながら次の作戦を考える自来也に、そっと声をかけてきたのは、当の本人だった。
火影屋敷から下駄を鳴らして出てきた自来也の背後にそっと寄り添うと、
「自来也様。その任務、オレ、引き受けさせて下さい。」
前置きなしにそう声をかけてきた。
「任務の内容、わかっとるんかいのう?カカシ?」
自来也は、わざと定宿にカカシを連れ込んでいた。
自来也の定宿。言わずと知れた……色街の、おしろいの匂いの漂う宿だ。
「……オレの同期で…その手の任務をこなしてないのは…死んだ奴だけですよ。」
確かに、カカシが自嘲するように、色、の任務をこなして初めて一人前、の風潮がまだ残っている事は残っていた。
だが、明らかにその方面に向いていない連中もいることはいるのだ。
三代目の総領息子など、その典型だったし、その同期たちでもあの眉のふとい、体術の得意な…なんといったか…
あれも荒事専門で…多分、彼らが色の任務につかなくてもだれも不審がらないし、文句も言わないだろう。
しかし、不知火家の息子や、カカシなど、見目のいいものが、その手の任務を経験しないというのは…
「アスマや、ガイがそう言った任務に就いた、という話は聞かんがの?」
「あいつらがやってないから、俺もしなくていい、と?」
大人びた、色違いの瞳がこちらをまっすぐに見据えてくる。
「……サクモさんも小さいころから美貌をうたわれた人だったが、そう言った任務を回されたことは無かったぞ。荒事の任務で十分、里のために尽くして下さった……」
その結末がアレか、と、カカシは言わなかったが。
自来也は自分の失言に小さく舌打ちをした。
わしはまた、余計なことを……
「はい、自来也様、父の名に恥じない、仕事をしてごらんにいれますから、ご心配なく。どうせターゲットはオレくらいの年齢の子供が好みの変態なんでしょう?」
……極め付きの少年愛好者。華奢な美貌の少年をいたぶるのが好きだという度し難い変態。だからこそミナトはその任務をカカシに回すことを激怒したし、任務自体を断るつもりなのだろう。
ご意見番たちの怒りを無視して。
自分が引き受けなければ師の立場が悪くなる。ちゃんとカカシは知っているのだ。既に任務の概要は確認済、という訳だ。
どこまでも用意周到なカカシに、自来也は…ため息をつくしかない。勿論自来也とて、そんなケダモノの餌食にみすみすカカシを差し出すつもりはなく、彼なりのサポートなり、バックアップを考えてはいたのだが。
……そんな目でカカシが見られること自体、あの弟子は我慢できないのだろう。
「なら、カカシよ、任務を遂行するための一番の障害を、おまえ、なんとかせねばなるまいて。」
自来也のその言葉に、さすがのカカシも、正直、憂鬱そうな顔になった。
どんな理論武装も、「ん、そういう考えもあるかもね。でも、だめ!」ですべて切り捨ててしまう、穏やかな美貌の笑顔の面をかぶった大魔神……
彼の師は、中々に厄介な人物なのだった。……
続く…
Update 2010/01/25
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