雪の夜語り



お礼小話 ver.8

◇◆◇雪の夜語り◇◆◇




◇◆◇


雨は夜半からみぞれ交じりの氷雨に変わり、窓を伝うしずくもいつの間にか白く凍りついていた。
決して温かいと言えない室内だったが、それでも外よりはましなのだろう、窓は結露で煙り、唯一の慰めであった外の景色を白いカーテンで覆い隠してしまっていた。

体の不調は今に始まったことではない。

長生きできないかもね、と、覗き込んできた男に…笑いながら言われた言葉が耳の底に残っている。
生き残れただけでもまし、というものだ。
これが自分の人生なのだ、と、少年は思い定めていた。
あの研究室から生還できたことも。
すぐに「根」に拉致され、再び散々サンプルとして実験の対象にされたことも。
それが自分という人間に与えられた生ならば。
そのように生きていく以外、どうしようもあるまい。


孤独は、少年の人生をぬぐい難い色で覆っていた。
ゆえに、少年は孤独が辛いものだ、とは知らずに生きてきた。
火影を名乗る老人が、痛ましそうに少年を見やっても…別段…感慨はなかった。

──だけど…こんな時に思い出すのが…あの…男の顔だなんて…さすがにもっとましなモノを覚えていたいものだ…

ため息とともに、固いマットの上、ないよりまし、というレベルの上掛けを肩まで引き上げ、無理にでも目を閉じようとした少年の耳に、かすかにガラスの鳴る音が聞こえた。



多用された薬のフラッシュバックで、酷い吐き気をこらえながら、音のありかを確かめようと、少年は痛む体をようやく起こし、細い指で窓ガラスの露をそっとぬぐう。
其の冷たさに、自分の生を感じるなんて、皮肉なものだ、と思った。

「……え……」

窓の外に人影を認め、あわててガタガタと立てつけの悪い枠を引き上げる。

白い雪にまみれてそこに立っていたのは、少年の、ほんの少し年長の暗部の…

「カ、カカシさん…?」

「よっ、悪い、起こしちまったな。 熱はもう下がったのか…?」
「はい、あの…」
「ああ、それならよかったよ。じゃ、な。」

白い頭にも肩にも厚く雪をかむり、どれくらいここに立っていたのか…
少年が呆然としている間に、人影はふわり、と体を浮かせ、高い、雪の積もった塀の上に身を移した。
少年はとっさに窓から身を乗り出した。
「お、お、お見舞いに来て下さったんですか…?」
「…任務に出るときにお前がここに入ったって聞いてさ…ついでにちょっと、な…。」

少年が握りしめた窓枠の下で、小さな手に掴まれた雪がゆっくりときしみながら融けていく。
少年のいるこの施設は里の外れ。
火影屋敷とは遠く離れた反対側だ。任務報告のついでに来た、という距離ではない。

「…また熱がぶり返すぞ。中に入ってろ。テンゾウ」

塀の上からそう言って身をひるがえそうとした相手に、テンゾウと呼ばれた少年は、とっさに窓から飛び出していた。

「ちょ、待って下さい、あの!!」

うすい病衣のまま、裸足で飛び出してきた相手に、塀の上の白い少年もさすがに慌てたようで、何やってんの、お前、と渋い声で呟きながら戻ってきた。


それからの事は、テンゾウ実はあまりよく覚えていない。


もう戻るはずのカカシからの任務報告がないことを心配した三代目が、水晶で行方を探し、様子を見に来た時。

療養所の狭いベッドで、下着姿で絡まるように抱き合い、薄い上掛けにくるまって仲良く熱を出している二人の子供を見つけることになった。


◇◆◇

ツーマンセルの帰り道。ふと空を見上げる。

冬の曇天は相変わらず鉛色だったが、隣を走る青年の銀髪が、その重い色に鮮やかな明度をつけてくれる。

あの雪の夜。

たった一人で生きていると思っていたころ。

……先輩…ありがとうございました…

見舞いの礼も言ってなかったことに唐突に気付いた後輩のつぶやきは、今日の晩飯は秋刀魚の塩焼きに決定!とこぶしを握る先輩の耳に届いていたかどうか……


そうして、テンゾウの記憶の中の、陰鬱な男の面影は、銀色に輝く髪を持つ白い横顔に上書きされたのだった……


終わり



Update 2011/07/16