アナタを忘れない

Clap Log 7


心優しきひげ熊さんに寄せて…



ふと…

嗅ぎなれた紫煙の香りが鼻先をかすめた気がして、カカシは立ち止まった。



里の木々はようやく赤く色づき始めている。

あの、大きな体つきのくせに繊細な心配りをした上忍の誕生日は、いつも紅葉狩りをかねて、気兼ねない連中が揃ってバカバカしくもにぎやかな酒盛りが始まるのが恒例だった。

祝われる本人が酒の手配をしたり仕出しの準備をしたり、こんな面倒な誕生日を誰がしてくれって言ったよ、と、散々ぼやきながら…


燻らした煙草の端を軽く噛んで…笑っていた。


飄々としたその背に、たくさんの希望をしょっていた。

風のチャクラの通り、とらえどころのない、けれども春の薫風のような男だった。


─秋生まれのくせに…
なんで過去形でお前の事を思い出さなきゃならないのよ…



死んではいけないものが死なないのなら、戦も悪くはない。

忍とは、戦う事でしか己の血を燃やすことはできない、度し難い生き物なのだから。


けれども、こうして熱い思い出だけを残して、無くしたくないたくさんのものがその手からこぼれおちていく…


それが、自分たちが血道を上げる戦と言うものの…正体なのだ。




墓地に向かっていた道を、横に折れたカカシは、いつも皆で悪ふざけし、大騒ぎで過ごしてきた鍛錬場にゆっくりと歩き始める。


と…


………!!?



馴染んだ刻み煙草の香りに交じってあの大男の愛飲していた古酒の香りがし、カカシは思わずかけ足になる。





思い出深い場所にたたずむ、懐かしい人影…
変わらぬ…その紫煙…







どんなに…自分を納得させていたとしても。
幼いころから共に闘ってきた…傍らにいるのが当たり前だった…
その存在の消滅の…受け入れ難さ…!

そういった事に慣れているはずのカカシでさえ囚われた…一瞬の白昼夢…




─アスマ!?





◇◆◇






シカマルは、アスマが好きだった古酒を抱えたまま、いきなり飛び込んできたカカシにびっくりして咥え煙草のまま振り向いた。


「な、なんすか、カカシ先生…?」





どこか呆然としている…いつも、飄々としている男だったが…カカシに、シカマルは、黙って持っていた古酒を差し出した。


「…一杯、やりますか…?」




一つだけあらわになった藍色の瞳が、くしゃりと細められ、目じりによった細いしわに、シカマルはこの男の悲しみを見た。



自分たちよりも、遥かに長い時を、この男はアスマと過ごしてきたのだ。



哀しみを露わにしない、けれども、自分の無謀ともいえる報復の戦いに、黙って…命がけで…ついてきてくれた…手を貸してくれた…一緒に戦ってくれた…



─俺たち…教え子ばっかりがアスマを偲んで…懐かしんで…つらいわけじゃねえんだ…
分かっちゃいたのに…



あの、一瞬見せた、幼いともいえる空白の表情が、まるで幻だったかのように、七班の上忍師は、いつもの飄々とした、喰えない上忍にもどっている。


どっからこんないい酒もちだしたのよ、と、笑いながら。







今年もまた、懐かしい友の…師の…誕生の日がめぐり、いつまでも彼らの目交いに大きな面影が消えることはなかった……





Update 2010/10/18