凍土に芽吹く木のように
Clap Log 6
◇◆◇テンゾウ◇◆◇
今はヤマトと名乗っている、暗部上がりの青年が、珍しく任務が入らなかった平日に里の大通りを買い出しの荷物を抱えて歩いていると、見知った上忍が、花屋の店先でうろうろしていた。
…先輩…?
忍の常で、彼もやはり聴力は常人の比ではない。
いつの間にか、つい気配を絶ってしまい、歩みを遅めて、聞くとはなしに、店先の会話を小耳にはさんでしまった。
「小奇麗な花が長く咲いて、手入れが要らない、花の種?そんなのありゃしないよ、カカシ先生。花だって生き物なんだから、手入れしてやらなきゃ!」
「あ、そ、そうですよね、済みません、横着なこと聞いてしまって……じゃ、…」
「花束なら、水を変えるだけだから楽ですよ、プレゼントなら、種からなんて気の遠くなるようなこと言ってないで花の咲いてるのをあげたらどうですよ!」
「あーー花束は、その…」
「女の子は花束を喜ぶもんですよ!!男は決まって花束を送るのを嫌がるけどね!」
「あーー、ええっと、その…そういうのではなくて……」
「初めてあった日、とか、初めてデートした日、とか、そういった記念日なんでしょ!?」
そういって山中花店のやり手の女主人はばしばしとひょろりと長身の上忍の背をたたいていた。
テンゾウは、その時の、彼の泣き笑いのような表情に…唐突に…今日が「彼」の命日だと思いだしていた……
◇◆◇カカシ◇◆◇
今は訪れるものとてない、里のはずれのその墓所は、かつては木の葉で最も隆盛を誇った一族のものだった。
荒れ果てた広大な土地の、丈高い草に埋もれるように、何基もの墓が並ぶ姿は、見るものに寂寞を覚えさせずにはおかなかった。
「結局、花束かわされちゃったよ、オビト……イノイチさんも、奥さんがあんなやり手だから、自由に色々できるんだよね……」
苦笑しながらカカシは、そのさびれた墓所の一角、唯一、いくばくかの手入れのされている墓の前に、持ってきた花束をおいた。
我ながら暗い癖だとは思う。
慰霊碑でも、ここでも。
いつも自分は今はもう応えることのできない相手にむかって話しかけてしまう。
結局…分かってはいるのだ。自分で答えを出さなければならないことは。
けれど、自分に自信のない俺は……
─あいつ…荷物抱えて立ち聞きとは趣味が悪い…呆れたかな…?
もちろん、後輩がそこに居合わせたのは偶然で、気配を絶ったのもいつもの習性だという事も分かってはいるが。
体裁が悪かったことには違いなかった。
最後の うちは であるサスケが里抜けしてしまった今、うちは の墓所を守るものは誰もいない。
カカシとて激務の合間に、なんとか幼馴染の親友の墓の雑草を抜くのがせいいっぱいだった。
─寂しがりだったあいつだから…花でも…墓の周りに咲いていたら…いいかな、と、思ったんだけどね……
ため息をつきながら、墓を磨き終えると、またくるから、と、墓に背を向けて歩きだした。
なんとなく、その背に…死んだ者の事ばっか考えてんじゃねーよ、と、幼ななじみの声が聞こえてきそうな気がしながら……
◇◆◇そしてふたたびカカシ◇◆◇
里抜けをした、大事な教え子の、不穏なうわさの数々が耳に入るたびに、カカシの中に後悔と悔悟が、雪のように降り積もっていく。
それはいつしか踏み固められ、彼の中で永久凍土のように、寒々しい心象風景を作り出していく。
ナルトやサクラ達のように、なすすべがなかったわけではない。
彼なら…あの時…その場にいたのなら……間に合ったのなら……
すまん………
誰に向かっての謝罪。何に対しての後悔。
長身を猫背に丸めて、いつしかまた向かっていたのは、彼の左目のかつての持ち主の眠る場所。
逃げ場所にしているつもりはない…
無いのだけれど……。
雲は陽を隠し、足元に落ちていた影も薄れてカカシの存在自体を希薄なものにしているようだった。
無言で歩くカカシは、通いなれたその道の見慣れたその風景が途中から変わってしまっているのに暫く気付かなかった。
……え……?
荒れ果てていたはずのその墓所は、綺麗に手入れされ、掃き清められ、そして。
片隅の、小さな墓石に寄り添うように…包むように蔓を這わせる小さな木。
細い四枚の花びらのような白いガクが雪のように墓を覆っていた。
地に流れる暖かなチャクラ。
チャクラで底上げして花を咲かせたのだろう。
こんな真似のできるのは。
─馬鹿だね…あいつ…こんなことにチャクラ使っちゃって……
たしかに、こんな風にチャクラでしっかり根付きをささえてやれば、こんな土地にも花を咲かせ続けることができるのだろう……
─だけど…これ…仙人草じゃないの…有毒植物を墓の周りに植えるかね…!
可憐な外見に似合わず、馬食わず、の異名のあるその花は、扁桃腺炎の治療薬にも用いられる…少々無粋なものだった。
白い花にそっと指先で触れながら、カカシはく、く、く、と声を漏らした。
笑いは中々おさまってくれず、とうとうカカシはしゃがみ込んで、墓碑に懐いてしまっていた。
……こんな風に笑ったのは随分久しぶりの気がする…
駄目だ、腹が痛いぞ……
笑いすぎて涙目になったカカシはそれでもまだ時折肩を震わせながら、立ちあがると、ゆっくりと空を見上げた。
オビト…
見てるか。
こんなことをしてくれちゃう奴が、そばにいるから。
きっとオレは大丈夫だよ……
いつしか風は雲を流し、陽光は夏の輝きを取り戻していた…。
終
Update 2010/03/17
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