遅刻の訳


Clap Log 1

任務に向かう集合時間の10分前にかつての上忍師と待ち合わせている大木戸の所に行くと、ひょろりと長身の影が、所在なげにいつもの本を片手にぼんやりと待っていた。

「ありゃ、今日はせんせーの方が早かったってばよ?」
「…って…この前お前、かんかんに怒ったでしょうが。」
「……。普通、デートに2時間待たされたら怒るって、誰でも…」
「ああ、ま、そうだけどさ、お前は俺の遅刻なんて馴れてるでしょうに…」

そういって一つだけ見える藍色の目が笑っているのを、ナルトはまぶしそうに見た。
いつも見上げていた目線は、いつの間にか並び、今は少し下にある。

そう、まだ、この視線がずっとずっと上にあった頃。
彼がなぜいつもいつも遅れてくるのか、まるで考えようともしなかった頃。


****



カカシ先生ってば、また遅刻かよ!!


大門で待ち合わせていたのだが、こうなりそうだと予測がついたので、上忍宿舎まで迎えに行く、といったのだが、

「幼稚園児じゃあるまいし。いやだよ、生徒のお出迎えなんて!」

そういってこっちの返事を待たずに帰っていってしまった。

サクラとサイはナルトを振り返りどうする?と目線で聞いてくる。
ナルトはため息をつくしかなかった。

あれだけ優秀な上忍なのに、なんでああも時間にルーズなのか。


で、当日。

やっぱり約束の時間には来なかった。

「カカシせんせーってば、もう、あったまきた!!俺、たたき起こしてくるから、サクラちゃんとサイ、ここで待っててくれってばよ!」

ナルトはそういってカカシの宿舎に向かった。



ついでにカカシ先生の素顔も拝んでやるってばよ!俺ってば気配を消す隠形は得意中の得意だかんな!カカシ先生にも見つからない自信、あるってばよ!…ま、悪戯するためにつんだスキルだけどさ…。


住所だけは知っていたカカシの官舎は、あれだけの忍びの住まいにしては質素で、殺風景でさえあった。

窓から完璧に隠形して覗き込むと、カーテンの隙間からベッドが見えたが、そこに上忍師の姿はなかった。
少し拍子抜けして、今度は玄関に向かう。
無用心といえば無用心だったが、玄関に鍵はかかっていなかった。

ま、忍相手に鍵かけたってね…

そう思いながら、中に忍び込む。トイレにでも入ってるのかな、と部屋の中のカカシの気配をさぐる…が…

……??あれ?ぜんぜん人の気配がしねえってばよ…?何でだ…?昨日帰ってるなら少しは…

ナルトが廊下で首をかしげていると、いきなり馴染んだ気配が近付いてくるのに気付いた。
やべぇ!

とっさに水屋に駆け込んでさらに気配を念入りに消す。匂いでばれるか…と思った時…

う…?血のにおい…?


がたん、と忍らしからぬ音をたてて、瞬身でもどった人影があった。

暗部!?

その独特の装備と動物面。
肩の刺青…

血臭をまとったその人物は、テーブルに片手を付いて体を支えると椅子に倒れこむように座った。
血に汚れた…見覚えのある淡い銀色の髪。

ま…まさか、カカシ先生…!?

動揺するあまり、危うく気配がもれそうになったナルトだったが、その人物は、ため息を一つつくと着ている暗部服を脱ぎ落とし始めた。


ナルトは息を呑んだ。

口布つきのアンダーになった彼の師は血に塗れ、あちこちからじくじくと未だ出血の止まらない傷が数え切れないほど。
乾いてかさぶたとなり、やっと出血が止まっていただろう傷も、お構い無しに服を脱ぎ落とす際にベリリとはがされて、又出血していく。
新しい傷、古い傷、満身創痍の白い、鍛えられた体…

全て脱ぎ落とすと風呂場に向かいながらカカシは、

「サクラたちには言うなよ。」

振り向きもせずにそういって浴室に消えた。


口布をつけた片目だけのアヤシイ上忍姿の面影は微塵もなく、その白い裸体にまとった殺気と血臭は、彼が紛れもなく里随一の忍であることを、まだ少年だったナルトに嫌というほど思い知せた。

そのまま、サクラ達の下へ戻ったナルトは、首尾を聞く二人に曖昧な返事しか出来ず、その後直ぐ何事もなかったように現れた上忍師は、まったくいつもの姿で、先ほどの殺気だった気配も、あまたの傷の存在も、微塵も感じさせなかった。



*****


「なあ、カカシ先生」

バディを組むようになってもまだナルトはその呼び方を止めてない。
本当は恋人同士になったのなら、別の呼び方をしたかったのだが、そう呼ぶたびに、彼の年上の恋人はとてもうれしそうな顔をするので…


「ん?」

「俺らのセンセーしてた時さ。」
「うん。」
「暗部の仕事、どれだけしてた…?」
「なんだよ、今頃…」
「いつか聞こうと思ってたんだってば。いっつも遅刻してきたろ?」
「……ああ…」

カカシは苦笑して、かつての弟子の、少し上にある蒼い眼を見上げた。

「お前たちは出来がよかったからね。仕事がブッキングしても大丈夫だろうと5代目にこき使われてたよ。」

やっぱりそうだったのだ。

命がけの仕事に借り出され、そして休むまもなく後進の指導にあたり…里を支え続けてきたのだ、彼の…今は恋人になった、かつての師は。


にぱっと全開の笑顔を見せる若者に、カカシは胡散臭げな視線を向けた。
「なんだ、ナルト。気味が悪いな。何がおかしいんだよ。ニタニタして。」
「ニタニタはひどいってば。…カカシ先生がもう俺に隠し事しないで皆話してくれるのが嬉しいんだってばよ。」


その言葉を聞いて、カカシの浮かべた笑顔を、ナルトはその後もずっと忘れなかった。


「お前は俺の相棒でしょ…?」


そういった、彼の言葉とともに…。


end



Update 2009.03.04