涙が君を救うだろう



先輩にとって四代目ってどんな方でしたか…?


そう聞かれたカカシはちょっと眼を見張ると、くふんと笑った。


意味深に笑ってそのまま答えない相手が、でも幸せそうな笑顔だったので、質問したヤマトは、あえて問い詰めようとはしなかった。


けれどもヤマトの脳裏には、少年の日の、忘れられない記憶が、鮮やかに刻まれている。



夕暮れの暖かい色に染まった火影屋敷。
その窓辺に立つ、金色の青年。
その静謐な笑み。

……それから幾許もなく、その青年は永遠に彼らの元を去ってしまったのだけれど。

少年の日のその記憶は、今も鮮明に彼の中に刻まれている…










◇◆◇











色違いのきれいな瞳が大きく見開かれ、辺りに憚ることもなくとめどなく涙があふれていた。




なんだ、カカシ、ちゃんと泣けるようになったじゃないか。

…何が君を悲しませているのか……
でも、泣けるのならば大丈夫だよ…


大丈夫。
乗り越えていける…







そう自分が口に出しているのに気付いて、ミナトは午睡から目覚めた。







連日の激務に疲れ果てているんだから、少しは休め、と、弟子の暗部の少年に無理やり控室に放りこまれ、眠るつもりはなかったのに、体は正直、疲れて果てていたのだろう、せっかくの想いやりだから、と、ソファに体を横たえ、書類を読むつもりで…そのまま眠りに落ちたようだった。




束の間の眠りで垣間見た少年の涙が心にかかって仕方がなかった。



いつも…
いつもいつも、試練はあの少年を見逃さず、あふれるほどの才に恵まれながらそれが決して少年を幸せにしない。

ミナトはため息を飲み込んで、手元の書類に目をおとした。



はたけカカシ拉致未遂事件。




この数年…自分のところに上がってこない件も含めたら、膨大な数になるだろう、その事件は、ターゲットがあの少年でなかったらとっくの昔に成功していたはずだった。

勿論、ミナトもカカシも、犯人は分かっていたし、犯人側も、知られている事を知っている。

「うちは一族」


驚異の血継限界を持つゆえ、それを一族外に出すことをよしとせず。

痛ましい偶然でそれを持つことになったカカシから、その親友の遺産を取り上げようと躍起になっている。


ミナトの悩みは深かった。


忍の誇りとはなんだろう。

限りない強さを求め続けることを誰も疑問に思わないが、何故、強くありたいのか。
何の為に強くありたいのか。

今の…うちはに代表される、最強、と呼び声の高い忍びの一族は、それを置き去りに強さのみを求め続けている。

際限なく求める「強さ」への渇望の危うさ。

木の葉で…いや、今、存在する最強の忍であるといわれる四代目火影自身が感じているのだった。

一族の子供が、命がけの任務のさなか、友を、仲間を守るために開眼した稀なる血継限界を、その守りたかった仲間に残した事が、どうしてそこまで許せないのか。

一族にしか使いこなせないはずの写輪眼を、あの少年が使いこなしていることがそんなに腹立たしい事なのか。



彼らは知らないのだ。



あの少年が、どのような…命がけの…血のにじむような努力を払ってあの眼を己のものにしたのか。



─大丈夫です…先生…まだ…大丈夫…
これは…あいつがくれた、あいつの眼。俺がきっと使いこなして、あいつがやっただろうことを……俺が…ちゃんと……



チャクラの消耗でほとんど動けなくなり、ミナトの腕の中で、それでも、そう笑う、彼の大切な大切な……



泣くこともできない彼に、たったひとつできるのは、命のぎりぎりまで己を追い詰めて、己を磨き続けることだけ。



「幸せになってほしいんだけどな…」

「…誰が、ですか…?」


思わず口に出した独りごとに返事が返ってきたのにミナトはびっくりした。

いくらぼんやりしていたといっても、…俺に悟られない隠形を使う暗部、カカシの外に…


「うわ、スミマセン、カカシ先輩に怒られる……」



頭を抱えるようにして現れたのは、小柄な猫面の暗部だった。
若いカカシよりもさらに若い。


「あれ?君は…」


確か、大蛇丸の実験室から、カカシが抱えて助け出してきた…


「…スミマセン…先輩、班の独りが失敗したのの穴埋めに…また任務の後始末に出なくちゃならなくて…」

「ははぁ…それで俺のお守を押しつけられたんだ…」


物馴れない少年に、ミナトは微笑を誘われた。
カカシが後を託すだけに、隠形ひとつをとっても図抜けたモノを持っているのが感じられる。

そうか、この少年も…後付けの血継限界の持ち主だったな……

「俺がぐーすか寝てたの、確認しただろう?火影さまは暗部に見張ってもらって昼寝して元気になった、ってカカシに報告して、今回の俺のお守の任務はおしまいにしていいよ。」


小さくこくんと頷いて踵を返した小柄な…少年の暗部は、扉のところでふ、と、立ち止まり、もう無礼ついでだ、と思ったのか、振り向くと、唐突に訊ねてきた。



「カカシ先輩…のことですか…?」


それがさっきの自分の独り言に対する質問だ、と言う事がミナトには分かった。


「誰かのために、と、自分を磨き、努力する人間、すべてに…幸せになってもらいたいと…俺はいつも思ってる…」


そう言ったミナトの言葉に、猫面の少年かかすかに首をかしげた。

思わぬそのかわいらしさに、ミナトは笑みを誘われ…、静かに側によると、ぽわぽわした黒髪に手を乗せた。


「ん…というのは、火影の公式な返事だけどね。」

猫面の陰に隠された、黒い瞳を覗き込んで、ミナトは暖かい声で言った。

「カカシは俺の最後に残された弟子だから。火影、としてでなく、師として、あいつが可愛くて…大事だ」

「ぼ、僕には…先生、とか師匠が…いないんですけど…その代わりに…カカシ先輩がいっぱい教えてくれました…だから…!」

小柄な暗部の少年は、そう言いながらそっと体を引いた。

「僕も先輩に幸せになってほしいです…」


そういって、暗部の少年は、ミナトの手の下から瞬身で姿を消した。


「………」


しらず、誘われた微笑みをかみしめ、ミナトはその手のひらに残るほのかな暖かさを握りしめる。

あの子を大切に思うのは俺だけじゃない…

ほっと肩の力を抜いて、火影の執務室の窓を開け、ミナトは暮れ始めた里の空を見上げた。






口布を下ろして…泣いていたあの夢の中の少年の薄い唇が、せんせい、と刻んでいた事に、ミナトは気付いていた。




時空間を渡る彼には、そう言った風景を見ることはままあった。

そういった……

………未来の風景を。





多分。


自分は…

自分もまた…


あの子を残していくことになるのだろう。

そう、それも遠い未来ではなく……





ごめんね…カカシ……



…でも大丈夫。



泣けるのなら…大丈夫だよ




きっとその涙が君を救ってくれるだろう……









茜色に染まっていく空を見上げ、青年はいつまでも窓辺に立ち尽くしていた…






end




Update 2009.10.31


あとがき。
色々な情報を持っていた四代目は、きっと予兆のようなものを感じ取っていたのじゃないか、とおもいました。

九尾の襲撃は急だったかもしれないけれど、日にちは分からないまでも、そういう災厄の襲いかかることを予期して、あの封印術の準備をしていたのじゃないかな…と。

そうすると、多分彼は、自分が命を落とすことを知っていたのだろうな、と。


四代目を思う時、彼が夭逝したこともあって、どうしても、想いを残していかなければならなかった彼の悲しみにむきあうことになって…

彼の生い立ちとか、天才と言われて駆け抜けた人生で何を思ったのか、とか、いろいろ、妄想は尽きないのですが、哀しい色どりを外すことが難しいです…

一遍、楽しく愉快な四代目がメインのお話、挑戦したいです…