Kissは一度だけ


キスが上手…

彼と口付けを交わすものはみな彼にそういった。

彼は唯一つの瞳を細め、ひっそりと笑いながら答える。


─教えてくれた教師が上手だったんだよ…


そうして彼は、けっして二度目の口付けをしはしなかった……















「好きな人が出来たんです…先生」


唐突に切り出したカカシに、その人は綺麗な青い眼を見開いた。

「うわ、びっくりした。なに!?カカシでも、女の子に興味あったんだ…!!」



ミナトの四代目就任に沸く木の葉の、今まさに引き払おうとする彼の上忍宿舎で、いきなりな愛弟子の告白に、しかしミナトはいつもの笑顔で答えた。

「なにげに失礼ですね、先生。」

大人っぽく苦笑するカカシに、

「ね、ね、誰?先生に、ちょっと教えてよ」
「そんなこと聞いてどうするんですか!」
「好きな人が出来た、なんていわれれば誰か、って聞くのは礼儀だよ!」
「……礼儀で知りたいわけですね……?」

なんとなく氷点下に下がったのが解るカカシの声に、う、と、声をつめたミナトは、
「言葉のあやだってば。だから、言いたくなかったら何でわざわざ報告なんか……」

一つだけ露わになったカカシの藍色の右目が、ふ、と逸らされた。

「好きな人が出来たら、報告しなさいって…先生いったじゃないですか……。婚約なさった時に……」


それはつい先だての事。


四代目を継ぐことに決まったのとほぼ時を同じくして明かされた祝事。

にこやかに祝ってくれた…今はたった一人になった愛弟子に…

ミナトは確かにそういった。

幸せになって欲しくて。幸せな家庭を作って欲しくて。


「赤ちゃんもいるんでしょう?おめでとうございます。」

にっこりと微笑んで、もう、この話題はお終い、とばかりに踵を返す、細い後姿を、四代目の低い声が呼び止めた。


「なら、カカシに俺からもちょっとプレゼントしないとね…」
「な、んのプレゼントですか…!?」

青い青い瞳は笑っている。
いつものように。
いつものように優しく優しく笑っている。

「人を好きになるのは素敵なことだよ。そんな素敵な事がお前に訪れているのなら、お祝いのプレゼント、あげないとね!」
「……」
「その幸せを逃さないように……恋人の…」
華奢なくせに力強い手がカカシの腕を捕らえ、引き寄せる。

そうして、綺麗な綺麗な…三国に知れ渡った美貌がカカシを覗き込む。

「恋人の口付け、教えてあげる…」


しなる背を長い指をした美しい手が抱えよせ、仰け反った顎を捉えた手が無粋な口布を引き下ろす。


さらされた、白い、少年の、顔。

血の気をうしない、何かにおびえる…


「……カカシ。嘘はいけないな…嘘は…」
「せ……」
「だから…コレは…お仕置き………」




ヒトヲ スキニナルノハ ステキナコト…


いいえ、いいえ、先生…
ステキではありません。
オレにとっては、決して、決して。


心の重さに押しつぶされそうで、苦しいばかりです 先生…



だから…

もう誰も……




好キニナンカ ナラナイ…










たった一度だけの口付け。

たった一度だけの抱擁。









少年に与えられたのはそれだけ。

その人が与えてくれたのはたった…それだけ。




たった一度だけの口付けを残して。
たった一度きりの抱擁を残して。






山ほどの思い出と、たった一度きりの……。









だから口づけは一度だけ…

一度だけの口付けなんだーよ……




























がつん………!!!!!











「な、なんすんだ、こらっ!!!」


いきなり顔面に頭突きを喰らったカカシは、鼻っ柱をおさえながら突っ込んできた愛弟子をヘッドロックした。

「だあああ〜〜〜失敗したってばよ〜〜!!」
「なんのまねだ、お前。痛いじゃないのよ。」
「何のまねって、求愛のちゅうをしようとしたんだってばよ!!」



きゅ、きゅうあい…



カカシはがっくりと肩を落とした。


「ナニが哀しくてお前に求愛されなくちゃなんないわけ…?」
「されなくちゃなんないって…先生、賢いのに頭悪いってば」
「…なんだって…」
「求愛ってのはする側に大好きって理由があるからするもんだってばよ。される側の問題じゃないんだってば。」


そういわれてカカシはたった一つの夜色の瞳を見開いた。




「先生が俺を好きかどうか、この際問題じゃないってば。いや、問題は問題だけどさ。いやいや、それより、俺が先生が好きなんだから!それが大事なんだってば。」



先生が自分を好きかどうか、じゃなくて、自分が先生を好きかどうか………!
それが大事。


先生が大好き。


先生の事が、誰よりも…何よりも……





大好き………!

今でもこんなに……







「な、な、な、なんだってば!? カカシ先生、どうしたんだってばよ!?俺がぶつけたとこ、そんなに痛かったのか!?」












ああ、先生。



あなたは間違ったことなんか一度もないんですか……
あなたにはお見通しだったんですか…?









オレにはそれが必要だったこと。
何よりも、大切だったこと。






本当です。





人を好きになるのは素敵なこと。





好きになって、好きになられて。





それはとても大切なこと。









──好きな人が出来たら、教えて…?














「カカシ先生、どこいくんだってばよ、なあ!」




銀髪の上忍師は、肩越しに、まだまだ成長中の愛弟子の金髪頭を振り返り、

「火影岩」



にっこり笑ってそういった。










俺は誰かをきっと好きになります、先生…




そういったら、先生はやっぱりびっくりするだろうか。



そうしてその人と、何度もキスするのだろうか。





「火影岩がどうしたんだってばよ!?」







まずはこのうるさい弟子の求愛を何とかしないとね。












今や百戦錬磨となった嘗ての傷ついた少年は、ぴょんぴょんハネながら後をついてくる、純真な少年忍者をにっこり笑いながら振り返った。





──…おてやわらかに、ね、カカシ……






end




Update 2009.03.13