手裏剣Sheet! 後編
「カカシーーー!!カカシ、カカシ、カカシカカシーーー!!」
木の葉の大通りで、引っ越し準備の買い物をしようとしていたカカシは、遠くからもそれとわかる金色の髪の青年にぶんぶん手を振られながら呼ばれ、呆れたように立ち止まった。
「…先生…犬を呼ぶんじゃないんですから……」
「ん?そう?それより、ずいぶん急だね、はたけの家を引き払うんだって…?」
長身の師にのぞき込まれて目を見張ったカカシは、大人びた仕草で肩をすくめる。
「父もいないし、お手伝いさんも断ったし…俺一人じゃあの家、広すぎるんですよ。結界を張るにしても、維持するのが面倒で…任務で疲れて帰ったときなんか…特に…」
ミナトの胸までしか身長がなく、世間一般ではまだアカデミーに行っていても可笑しくない歳でも、カカシはミナトと同じ上忍である。部下を率い、作戦を練り、その完遂に責任を持つ…。
「…そうか…でも、売り払うのは待った方が良い。あの家は…」
「…」
「…ああ…その…いい家だからね…」
「…おっしゃることは分かるんですが、売り払わないで、空き家にしていても…」
戻るあてもない、と言う言葉を飲み込んだカカシを見下ろしながらミナトは、困ったように首をかしげる。
「三代目が保証人になって下さったんで、アパートを借りられました。…コレで掃除も楽になりますよ」
そう言ってカカシが笑うと、大きなコバルトブルーの瞳で見ていたミナトは、よし、と拳で手のひらを打つ。
「カカシの独り暮らし記念だ!俺が道具をプレゼントしよう!空き家になったはたけの家の管理は俺に任せてくれてイイから!」
「…ちょ、先生、それは…」
「後できっと必要になるよ。生まれ育った家は…」
…待って下さいよ、先生…!!
◇◆◇
戸惑うこっちの気持もほったらかしで、あの人はさっさと品物をえらんでいったっけ。
手の中の手裏剣柄の布を見下ろす。
―――――カカシって、どうもおじさんくさいよね。若いのに!(若いどころかまだ子供だ。)
―――――このくらいの柄が子供らしいよ!
テーブルはこれ、クロゼットはコレ、カーテンはコレ!
黄色い閃光の二つ名は伊達ではない。口を挟む暇もなく、あっという間に一軒分の道具がそろってしまった。
碧いカーテン。白い椅子。カワイイペイントのトースター。変な音の出るケトル…。
その思い出の品々も、せっかく先生が残してくれた生家も…あの九尾の襲来でほとんどが瓦礫に埋まり…
…クリーニングに出していたこれだけが無事だった…
……
…
「…先生…やぶけちゃってた…?」
手の中で握りしめられ、しわになったシーツを、後から子供達がのぞき込んできた。
「…ん?あ、ああ…!」
カカシはびっくりしたように心配そうに見上げてくる少女や、不安そうな様子を隠しきれない少年達を振り向いた。
「どっちにしろ 古いもんだからな。オマエ達の所為ってわけじゃない。気にするな。それより片付けがすんだらさっさと帰れ。明日の任務は力仕事だぞ。」
そう言われて子供達は慌てて玄関を飛び出していった。
「ごちそうさまでしたーー」
挨拶もちゃんと忘れずに。
◇◆◇
「おい、どべ、ちょっとしゃがめ、見えないだろうが」
「…誰がドベだ、この……!」
「止めなさいって二人とも!それで先生んちむちゃくちゃにしたんでしょうが!」
少女にしかられて少年達は流石に温和しくなった。
数日前、彼らは担当上忍の自宅で晩ご飯をごちそうになった。
エビやイカや、鱈、それからささみとか、椎茸にピーマンの肉詰め。それらを絶妙な衣、火加減で揚げたテンプラは、かりっとした歯ごたえが柔らかな具とあいまって、初めて食べるごちそうだった。
「カカシ先生があんなに料理上手だとは思わなかったってばよ」
あの上忍師が非常に器用だとは知っていたが、あそこまでとは。
「…上忍って、料理もこなさないといけないのか…?」
真剣に首をひねる黒髪の少年に見とれながらもサクラは眉をしかめた。
「…そんなごちそうしてくれた先生のウチ、めちゃめちゃにしちゃったよね…あたし達…」
あんた達、と言わない分、サクラにはサスケに遠慮があったのだが、
「やっちまったことはしょーがねぇってばよ」
開き直ったようなナルトには情け容赦なく拳が炸裂する。
いてぇ…と頭を抱えてうずくまったナルトの頭越しに、サクラはサスケに声をかけた。
「サスケ君…どうする…?先生…なんかあのおこちゃまなシーツにこだわり在るような気がするんだけど…」
「…ない…と言える様な状態じゃねーな…。コレで木の葉の寝具屋は全部回ったことになるぞ…」
子供達が木陰から伺っているところに、微かに上忍師の声が届く。
「…や、それほど、どうしても、ってわけじゃないのよ。あるかな、って思っただけだから。じゃ…」
心なしか、肩を落として歩く上忍師の後ろ姿が、いつもより小さく見えるのは気のせいだろうか。
子供達はそんな上忍師を長い間じっと見送っていた。
◇◆◇
子供達が散々引っかき回してくれた部屋も、影分身をつかってきちんと片付け、すっかり元通りになったが、破れたシーツだけはどうしようもない。
縫い物にも熟練の腕を持つカカシでも、生地自体が薄くなっている為にどうしようもないことは分かっていた。
無理矢理繕ってはみたが、早晩…もっとぼろぼろに破れるだろう。それよりももう、こうなっては洗濯にも耐えられないだろう。
―――――俺も女々しいな。いつまでも…
そう、自分を笑い飛ばそうとするが、嬉々としてカカシの引っ越し道具を選んでくれていたあの人を、忘れようとして忘れられるはずもない。
あの人が必死で里を護っていたとき何も出来なかった自分が…
あの人が命をかけて戦っていたときに……
子供だといわれ…なすすべもなく見守るしかなかった…。
…命をかけることくらい何でもなかったのに…
明かりもつけず…月の光にぬれるがまま、思考が暗い縁に落ち込みそうになった…その時。
なじみのある気配がそっと寄ってくるのに気付いた。
かなり隠形に力が入っている。
…あいつら…?
特にナルトとサスケの気配は、それと意識して探らねばわからない。留守だと思っているようだが、それでも用心のために気配を消して居るのだろう。上達したもんだ、と、微苦笑しながら、じっとそのままでいると、玄関のポストにぽそっという音とともに何かが放り込まれた。
覗いてみると、山中花店 と印刷してある花模様の広告に包まれた、30p四方くらいの包みが、リボンをかけられておちていた。
勿論、子供達三人の気配が濃厚に残っている。
首をかしげながら無造作に開く。いたずらを仕掛けてきたのなら、明日はケツをひっぱたいてやろうと、思いながら広げた、それ。
その中から出てきたもの。
「うちは」家のすかし地模様の入った真っ白の極上の絹に、極彩色の手裏剣模様ががたがたに並んでが染め込まれ、ピンクの糸で仕立て上げられた、それ。
「あ、あいつら…!」
くくっと口を押さえて爆笑をこらえた。
よりにもよって、この極上の絹織物になんて事しやがるんだ…!
誰が何を担当したか、一目瞭然だ。
並び方はめちゃくちゃだが、落書きで鍛えたナルトの絵心はまんざらでもないし、元々器用なサスケとサクラが仕立て上げたのだろう…
材料もサスケの提供か…
くっくっくっ
と、カカシは笑いが止まらない。
俺がこれにこだわってたのがバレちゃってたのね…
何時しかその笑いが湿っていくのも止められなかった。
カワイイ…カワイイ…俺の生徒。
先生。
生徒って。教え子ってこんなに可愛いもんなんですか。
あなたもこんな風に…俺を思っていてくれたんですか…先生…
先生…
広げた豪奢な…シーツもどきの絹織物を丁寧にたたむとカカシはゆっくりと椅子を窓辺に寄せる。
膝に載せたシーツに残る、暖かい気配に身を浸しながら、月の光に濡れる青年はいつまでも空を見上げていた。
遠く、微かに子供達の笑い声を聞きながら。
Update 2011/05/13
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