キャスト!-Scene1-
深夜…とも言えそうな時間帯だったが、そのビルのその階だけは人と熱気にあふれていた。
CGやエフェクト技術が革新的に進化したこの時代、映画は人々の大きな娯楽の一角を担っていた。
3D映像は客席を飛び回り、臨場感は立体映像を眼鏡で見ていた頃の比ではなくなっている。
そんななか、いろいろなタイトルで映像化されている超人気シリーズがあった。
一流の忍者を目指す少年の冒険物語。
原作が放浪の人気作家、シナリオも書き下ろし、とあって、爆発的な人気があるのだが、凝り性の原作兼シナリオ兼監督が湯水のように撮影に資金を投じるので、マネージャーたちはやりくりに苦労しっぱなしだ。
が、長い付き合いになる出演者たちは、人気作のわりにはギャラも大して高く無い…のにほとんど監督への付き合いのようにして出演していた。
当然、他の映画に出れば主役級の俳優達がモブシーンでごろごろ出てきたりと、贅沢きわまりなく、人気がうなぎ登りなのもある意味当然と言えるかも知れなかった。
スピンオフの話も持ち上がっていて、自来也自身、食指を動かしていたらしいが、本編のシナリオも滞りがちなのに、無茶をいうな、と、周りに一蹴され、今のところは我慢をしている、と言う形だ。
その出演者達の控え室の集まるロビーの一角。
Scene1:
「詰み…だな」
「…そうですね。どう考えても詰んでますね…」
将棋盤をのぞき込んでいた男達が言うのをうんうんうなりながら長考している本人は聞こえていないのか、腕を組んだまま投了する気配もない。
素人は詰んだ…負けたのが、しっかり王手をかけられ逃げられなくなってからでないと分からないものだか、今回もそれだった。
――――カカシもよくここまでの素人の相手をしてやるよな…
というのが大方のギャラリーの感想で。
「…眠くなるからさっさと指してよ ガイ。詰まったの?そしたら終わろ?」
「や、や、ちょっとマテ、もうちょっと…ここにこう持ってきたらどうする?」
「そこは飛車がきいてるでしょ。オレにとられるだけ」
「ならこっちにこう…」
「そこは金が成ってるからそこもとられるって」
「なら、歩をここに…!!これならどうだ!!」
「…ガイくん…二歩は打てないよ…」
このあたりで将棋の勝負ではなくて指導になってしまっているんだが、挑戦してる方はそこに思い至っていないので、決着がつく(ガイがあきらめる)までいつも長くかかる…
カカシと将棋を指したがるのはガイだけではないので、このあたりでかなりガイは周りからひんしゅくをかっているのだが、本人はとんと気にして…気付いてさえいない。
しかし、この日はガイも思いもよらぬ邪魔が入って早々と終局することになった。
「カカシ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
響き渡る声に男達が顔を上げると…
両目を押さえてうつむいたまま走る、という危ない状態で少年がこちらに駆けてきた。
「ちょ、サスケ、危ない危ない、眼を開けなさいって、ぶつかる…」
おわあ〜〜というガイの悲鳴もなんのその、飛び込んできた黒髪の少年は、
「いてぇ…!早くとってくれっ!!涙が止まらん〜〜〜カカシ、早くとれって!!!」
色白の少年は目の縁を真っ赤にし、涙をだらだらとあふれさせている。
「うわ、今日はまた いつもにもましてひどいね…どうした、あ〜〜兎さんみたいに眼が真っ赤じゃないの、サスケ」
あごを上げて、ん、と、カカシに顔を向ける整った顔立ちの少年は、ぼろぼろ涙をこぼしたまま、唇をとがらせた。
「写輪眼のシーンを監督が間違えやがって…万華鏡バージョンを入れろって言うから入れたのにっ」
「あ〜〜普通バージョンに変えることになったのね…サスケ、コンタクトあわないもんねぇ…でも、自分で入れたんだ、エライじゃないの」
よしよし、災難だったね、と、少年のコンタクトを慣れた手つきで外してやってるカカシを、まわりのギャラリーはあきれたように見ていた。
いつものことではあるのだが、この普段は非常に器用で天才的な才能の持ち主の少年は…
自分の役柄上、無しには出来ない、柄の入ったコンタクトの付け外しを非常に不得手にしている。
マネージャーや衣装担当のスタッフがしようとしたが、うまくいかず、痛がるし白眼の部分を充血させてしまうし…
たまたま見ていたカカシが、オレは慣れてるからね、コツがいるのよ、このコンタクト、と言って簡単にはめてやり…
以来、習慣になってしまった。
「おまえな、出番のないときに練習しておけよサスケ」
あきれたように腕を組んでみていたシカマルに言われたサスケは、
「バカいえ! こんな柄の入ったコンタクトなんかいれたら前が全然見えなくなるんだぞ!撮影もないのに入れられるか!」
カカシがいれば不自由ない、と、言い切る「王子」に、周りがやれやれとため息をついた時、ガイの張り手がサスケの背中に炸裂した。
「サスケーー!!お前のおかげで千日手が終わらせられたぞ〜〜」
いや、それ、あんたの負けですから、という、周りの無言の突っ込みが聞こえるはずもなく、ガイが豪快に笑い、サスケはまたこいつに捕まっていたのかとあきれたような赤く充血してしまった眼をむけると、本人はちょっと肩をすくめて、外した万華鏡バージョンのコンタクトを片付けてやっている。
「目薬さしておけよサスケ。」
「…さしてくれ…」
それぐらい自分で…という周りの声なき声が聞こえるわけもなく、
「お前は手がかかるねぇ…」
「…うるせぇ、アイツほどじゃねぇぞ。」
「アイツ…?」
カカシがかわいく首をかしげる。と。
「ナルトーーー!!、貴様、マジで頭突きかましやがっただろう!!」
野太い男の声が響き渡った。
「自来也のじーちゃんが思い切り行けって行ったんだってばよ!それより、アンタこそ、なんだよ、その堅ってぇお面っ!デコがはれちまったってばよ!」
いい年をした大柄な男とサスケと同じ歳くらいの派手な色彩の少年が言い争いをしならスタジオから出てきていた。
「おや、ナルト、お疲れ、撮影終わった?」
「おっ センセ、やっと終わったってばよ!」
「カカシっ!目薬指してる最中によそ見すんなっ あっ 鼻にたれたっ!」
「なんだ、真っ赤なお目々のウサギちゃんよぅ、またセンセに甘えてんのかよ、いい加減自分の面倒ぐらい自分でみろよな!」
「やかましい!歌舞伎メイク野郎は黙ってろ!」
「なんだとぅ…??」
じゃれあいを始めた少年達を笑って見ていたカカシは、サスケのポケットに目薬を落とし込んでやると、他の連中に将棋の相手をさせられる前に逃げ出すべく立ち上がった。が、あきれたように少年達を見ている大柄な男にふと眼をやり、額に指を伸ばした。
「マダラさん…おでこが赤くなってるじゃないですか…」
あ?と、自分で額をこすりながらマダラは渋い顔をした。
「自来也の野郎がとにかくクライマックスみたいなもんだからナルト戦は派手にいくぞ、のう、とか息巻きやがるもんだから…」
「根はまじめなお調子者(ナルト)がその気で来ちゃってる、って分けですね」
「笑い事じゃないぞ、カカシ。オレは二役なんだからな!!」
カカシは気の毒そうな顔をした。
そういえばこの人は「よみがえった死者」の方もやらなきゃならないのだったけ。
五影とナルト、それぞれ相手をしなければならない、考えただけでもカカシはぞっとする。
――――オレはあの濃い人たちの相手なんかしたくもない…というか、無理…ぜったい…
マダラと話をしていてその場を離れそびれたカカシに、新しい入室者が声をかけてきた。
「おぅ、カカシ、大丈夫だったか?」
ナニが?と返事をする前に、大刀を背負ったやせたその男は、カカシの木綿のシャツの前をめくり上げた。
「ちょ、再不斬なにす…」
吃驚したのはカカシ本人だけで無く、話し込んでたマダラも、隣でじゃれ合ってたナルトとサスケ、将棋盤を片づけるのかやるのかもめていた大人組も、ぎょっと眼をみはった。
「あぁ、やっぱ、あたっちまってたか」
カカシの鍛えられた腹筋に、横に長くはしった生々しく赤い一筋の傷跡と、その上に申し訳程度に張られたバンドエイド数枚。
「あ、これ? こすっただけだからどうって事は…」
「衣装の連中がお前の上忍ベストがすっぱり切れてたって騒いでたからもしやと思ったんだか…」
「うわっ センセ、どうしたってばその怪我っ!」
時と場合を選べ、空気読め、再不斬っ と、カカシが内心盛大にののしったところで、周りみんなにカカシの怪我(もちろん大怪我ではないにしろ)がしれわたってしまい、何かとカカシにまとわりつきたがる連中は、火薬庫に火種が彫り込まれたような騒ぎになってしまった。
「相変わらず人気者だな、カカシ…」
苦笑めいた笑いをひらめかせてぼそりと言うマダラにカカシは肩をすくめることで答えた。
Scene1:幕
初出:memoブログ2011/12/05
Update 2011/12/07
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