リンゴ飴は
特別


毎年、ちょうどカカシの誕生日の前後に、木の葉では秋祭りが行われる。

任務の入っていないときは必ず七班の子供たちに誕生祝いをしようと秋祭りにひっぱりだされるカカシは、めんどくさがりながらも律儀に毎年付き合ってやっているのをテンゾウは知っていた。


「まったく…。俺の誕生日になんで俺があいつらに奢らされるわけ…?」
ぼやきながらもどこか楽しそうなカカシに、後輩は笑いながら、
「僕が奢りますよ先輩。お誕生日ですからね。」
気前よくそう言うと、
「え、ほんと?んなら、あのリンゴ飴買ってよ、テンゾウ!」
「………甘いの…嫌いじゃなかったんですか…?」
「…ん〜〜〜 そうね。特に秋祭りの駄菓子はものすご〜く食傷してるけどねーーー半トラウマって感じで。でも…」
そう言ってカカシは片目を覆う額当てに手をかけ、そっとその天眼をあらわにする。
そして眼を細めながら
「この眼にそっくりだろ、あの飴。だからあれだけは特別。」






◇◆◇



それは何年も前の…遠い記憶………



◇◆◇







任務を終えて帰還した久々の里は、何となく華やいで、疲れはてた神経を落ち着かなくさせる。

いつもよりさらに前かがみの猫背になったカカシの横を、大騒ぎで駆け抜けていくのは浴衣姿の子供たち。

ああ、そうか、今日は…秋祭り…

こんな時期に里にいるのは珍しいなあ…

黄昏ていく空を見上げていると、赤い風船がふわりふわりと黄色く染まった家の屋根の間を飛んでいった。

「わあん!!」


子供の泣き声が近くからあがり、あわてた忍びらしき連れの女が屋根から飛び上がった。
が、そのときはすでに風船はとても手の届かないところに漂っている。

しゃがみ込んで泣き出してしまった子供を慰めかねて、周りの大人たちがおろおろしているのをみたカカシは、小さくため息をついてポケットにつっこんだ手をだした。


そのとき里人がみたもの。

大きな鳥が飛んでいる、と錯覚させるほどの高い跳躍。

泣いていた幼児すら、目の前にそっと差し出された風船のひもを呆然とみるしかない…

ーーカカシだ…


驚いたのか、はにかんでいるのか、いっこうに受け取る気配のない幼児に、かがんだまんまのカカシは、その小さな手に驚かせないようにそっと風船のひもを絡めるとたった一つ露わな片目でちょっとほほえんでゆっくり立ち上がり、その場を後にした。


いつでもなにがしかの不協和音を醸してしまう自分。


どんなに気配を消しても、この祭りの暖かで穏やかな空気に、不穏でとがった空気を持ちこんでしまう。
どうしても、こんな家族の、親和な空気に馴染めない自分を、カカシは諦念を持って受け入れていた……。


◇◆◇


上忍になってすぐの任務でその手にした類い稀な天眼…。

引き換えにしたものの余りの大きさに押しつぶされそうになっていた彼を、その時救ったのはただただ激しい任務だけだった。
生死の間だけが、彼を後悔と悔悟から救ってくれていた。

いつしか、殺伐とした空気の中でしか生きられないのだと、そう信じて…あきらめて……



帰って寝るだけの部屋に足を向けようとした、その時、巨大で、鮮烈で…そしてよく見知ったチャクラが突然傍らに降ってきた。

「おっかえりーーカカシぃーーー!!!」
「……!!っ、……びっくりしますよ…っ…先生……そ、の格好…」


両手に屋台のチョコバナナやら綿菓子やらりんご飴にたこ焼き、果ては焼きトウモロコシまで抱えて…
木の葉の若き里長が満面の笑みを浮かべて立っていた。

「お前が帰ってきてから、一緒に祭り見物に行こうと思ったんだけどさ、待ちきれなくって……!これ、お前の分、無くなりそうだったから、確保してきたんだよ!」


ん、と差し出された駄菓子の山にカカシは、う、と固まった。
もともとそんなに甘い物が大好き、というわけでもないのだ。

「こ、こんなに…食べられませんよ……そ、それより先…四代目…執務は…?」
「カカシなら絶対そういうと思って、頑張って……シカクに押し付けてきた!」
奈良家の切れ者にどうやったか、肩代わりさせてきた、と、胸を張る師にカカシは思わず噴き出した。
「頑張って済ませてきたわけじゃないんですね…!」
「あの量を独りでやってたら祭りが終わっちゃうよ。いつも手伝ってくれるカカシはいないし…。それより…」
いつの間にか、大量の駄菓子は後ろにそっと控えている分身に持たせていた四代目は、く、く、くと肩を震わせて笑っている愛弟子の細いあごを指先でとらえて顔を覗き込んだ。
「やっと眉間のしわが消えたね、カカシ。そうやって笑ってた方がいい。ずっと可愛いんだから。」

敬愛する師にいきなりそんなことを言われたカカシは真っ赤になって固まった。

「ん、そうやって赤くなってるのもいいね!!」
「せ…四代目っ!からかわないでくださいっ!!」
「おや、心外だね!確かに俺はカカシをからかうのが好きだけどね!今のは正直な感想だよ!そんなことより、祭り、いこう!!お囃子が聞こえてきたよ!!」


この場合。

何と表現したらいいんだろう、と、カカシはミナトに手をひかれて屋台をめぐりながらやや呆然としていた。

「木の葉の黄色い閃光」と二つ名の通り、どんな人ごみにも遮られない卓越した瞬身をつかって……
片端から屋台に顔を突っこんでいるのだ。

カカシはこの時期、里に身を置いたことがないせいで知らなかったが、いきなり火影に屋台の店先に飛び込んでこられても、里の者たちはなれたもので、へいらっしゃい、と、その店の品物…大概は駄菓子…を笑顔で差し出すのだ。

今回はカカシが同伴しているので、すべてで二つ。


「カカシ!分身にコレ、持たせてっ!…あ、任務帰りだったね、チャクラ、大丈夫…?」
「………それくらい……大丈夫ですが…」

大丈夫でないのは胃の方だ。

この人の胃には穴があいていて、どこかよそにつながっているのではないか、と思うくらい、健啖な様子で平らげていく。

子供相手の的当てに参加したがって店番に追い出されたり…当たり前だ。黄色い閃光に的当てをさせたりしたら店は大赤字だ…金魚すくいで意外と手こずったり…


いつしか、カカシは、このうきうきとした…どこか足が地についていないような感じのする…祭りの独特の空気にすっかりなじんでしまっている自分に…驚いていた。

…な、んで…


任務から帰着したのはつい、さっきだ。
四代目にひっぱりまわされて…うろうろしていたとはいえ……
眼を凝らせば自分の忍服にはあからさまな戦闘の余韻があるはずなのに……

「カカシ!あの屋台の焼そば、食べないか…!?」
元気な四代目は、そんなことを言いながら、青い瞳をキラキラさせて愛弟子を見下ろしてくる。
「……もう入りません……」
ため息をつきそうな声でそう答えると、そんなら半分こなら大丈夫だろう!といって…瞬身で消えてしまった。

先生の胃袋は鉄でできているに違いない……

少々あきれ顔で屋台の正面に急に現れた火影の後ろ姿を見やっていると…

上着の裾を、つん、と小さく引かれた。

そばに小さな気配が寄ってきているのには気付いていたが…自分に用があるとは思っていなかったカカシは、ちょっとびっくりして見下ろした。


─この子……


ついさっき。

風船を飛ばして泣いていた、小さな女の子が、カカシが手首に結んでやった風船のひもをしっかり握りしめ、片手に大きなリンゴ飴をもってカカシを見上げていた。

迷子になったのか、と、慌てて辺りをみまわすと、この子の母親らしい…九の一が、少し離れたところでこちらを見ていた。
カカシと視線があったのに気付き、深々と頭を下げる。

幼女の母親の方がカカシよりはるかに年上だが、カカシは上忍で、下忍の母親より上位なのだ。

だが勿論、幼い子供にはそんなことは関係ない。


「おにいちゃん。」
「…え…?」

そんな風に呼ばれたのは初めてだ。

6歳で中忍になってから、歳の近い子供と遊んだ経験などほとんど無いカカシは、年下の相手とどう接していいかまるで分らない。
常に……大人の部下と、任務をこなしてきていた為。

「あ、えっと、何…?」

見上げる子供がつらそうだったので、しゃがんで目線を合わせてやったカカシは、こわがられるんじゃないかな、と、少しびくびくしながら、精一杯、優しく聞いた。

「あのね。ふうせんね、ありがとう。」
「あ、ああ、いいんだよ。」

そうか、礼を言いに呼びとめてくれたのか。

「あのね。おにいちゃんがね。とりさんにみえたの。」
「…え…?」
「だからね、すぐにね。ありがとう、っていえなかったの。」
カカシはこわがられた、とばかり思っていたので、その小さな女の子の告白は…ある意味衝撃だった。
いささか呆然としているカカシの斜めがけされた額当てに、小さな手が延ばされる。
「おにいちゃん、おめめ、けがしたの?」
そう聞かれてカカシは違うよ、と答えた。
小さな手がそっと額当てにかかる。
離れて立つ母親が息をのむのに気付いた。

いつもなら。

この眼を見たがる人間に辛辣なカカシは、今は不思議と幼い手のなすがままになっていた。


現れる、紅く濡れた…稀なる天眼……

「きれいねぇ…!おにいちゃんのおめめ。」

左目に走る傷跡を、幼女の柔らかい小さな指先がたどっていく。

「いたい?」

そう聞かれてカカシは黙って首を振る。

「おにいちゃんのおめめ、りんごあめみたいね。たべる?」

そういって、ちいさな幼児は可愛い歯型のついた大きなリンゴ飴をカカシの口元にさしだした。カカシは何も考えずに、そのまま…口布をおろすと、苦手なはずの甘い飴にかり、と歯を立てた。

その紅い駄菓子の味を何と表現すればよかっただろう。


苦手なはずの…その飴の甘さが。小さな少女の満面の笑顔が。

カカシの心臓にささったとげを、優しく包んで……溶かしていくようだった……




そうして、その日の秋祭りは、師と、愛らしい幼女の笑顔と…甘いリンゴ飴の記憶に彩られ、カカシの大切な思い出となった。





◇◆◇





「四代目は先輩にとって…とても良い先生だったんですね。」

なんとなく…遠くを見ながらそう言う後輩に、カカシも、屋台の並んだ参道をあちこち駆け回る7班の子供たちを見やりながら、小さく頷いた。

良い先生……
そんな言葉だけでは表せないほどのものをあの人から与えてもらった。

人を守ることや、信じること。そして…


誰かを好きになることも…あの人に教わった……。


「しっかし、あいつら…よくあんなに甘いモノばっかり食えるな。」
「それについては全く同感ですが。でも、先輩、リンゴ飴は食べるんでしょ?」

少し呆れたようにテンゾウに言われたカカシは、ゆっくりと額当てを外した。

「この眼にそっくりだろ、あの飴。だからあれだけは特別。」

そう言って子供のように笑ったカカシを、テンゾウはいつまでも忘れなかった







秋祭りの日の。


遠い記憶。